「炎の蜃気楼」非公式個人ブログです 管理人の主観にあふれた女性向け小説です

八咫烏 ~yatagarasu~



走る、7



走る、7

会議が終わって、社長でもある長兄を伴って、陸上部の練習を見に行った。
社長でもある長兄は、高耶さんが可愛くてならない。兄バカではあったが、ここまでだとは思わなかった。高耶さんのために、陸上部を設立したと言っても過言ではない。兄からしてみれば、兄弟でもない、息子でもないのに、高耶さんのためになることなら、労力も財力も厭わない。そんな思いにさせられているのは、兄だけではないが。それだけ、高耶さんは、人を惹きつける魅力があるのは間違いない。
高耶さんという人は、何より損得なしに努力するのだ。効率とか合理的とか、考える前に行動している。一見無駄なようなことも遠回りしている時もあるのだが、その姿は、見ているものに感動を与える。一心不乱なのだ。いつの間にか、周りを引き込み、引導していたりする。
また、人がどう言おうと、どう見られようと、こうと決めたら前に突き進むところもある。頑固なところもある。
また、向こう見ずのところもあるので、しばし、私はその舵取りに難儀するが・・・
そして、情に厚いというか、頼まれるとイヤと言えないところとか、また約束は必ず守るとか、律儀なところもある。
そんなところは、私の長兄が特に気に入っている。男気を感じるというのだ。
大学時代、競走部の存亡が危ぶまれ、頼み込まれて陸上に復活したくらいだ。
長兄と、長男という共通点があるので、性格的に似ているのかもしれない。

すでに泳ぎは終わって、筋トレも終わったのか、マットの上でクールダウンしていた。クールダウンの時間はある程度リラックスして、ペアになった相手と、マッサージし合ったり、ストレッチしたりする。疲れを残さないために必要だ。また、早期の故障の発見の意味合いも持つ。一部筋肉が硬くなっていたり、マッサージして痛みを感じたりする場合、早めの対策が必要なのだ。
高耶さんみたいに、我慢強い人は要注意だけれど。
ペアを組んだ者達は、淡々とクールダウンしている。

その中で、ある一角がうるさい。
「相変わらず、仰木君は股関節柔らかいね」
「無駄口叩かないで、やれ!」
高耶さんの低い声が反論している。どうやら、高耶さんのところが騒がしい。
その意味がわかったのは、高耶さんと私ぐらいかもしれない。心なしか、高耶さんの耳朶が赤い。ここで私は声をかけたら、とばっちりが来そうだ。そっと、窓の外から長兄と見ている。
「股関節の、鍛え方が違うね」
「鍛えているわけじゃない」
「不可抗力ってやつか?グフフ。それとも怪我の功名?いやぁ愛あればこそ」
「うるさい!余計な口は叩くな!」
ずっとこの調子だったのだろう、他の部員は、心なしか顔が引きつっている。
「仰木君、腰のマッサージは念入りにしておくよ。感謝してよ」
「余計なことしなくていい」
「そうかよ?大事なことだぜ。腰を悪くするランナーは多い。おまえさんみたいに、特に腰を酷使する奴は、メンテナンスをだな」
「ホントに、それ以上無駄口叩くなら、入部させないぞ」
「おまえにその権限はないだろう?社長自らのスカウトだせ」
「チッ」
相変わらず、仲が良いのか、悪いのか、あの2人は、寄ると触るとすぐケンカしている。あれが、彼らのコミニュケーションなのかもしれない。
私はふぅとため息をついた。隣で兄がくっくっと笑いをこらえている。
「案外、あれが高耶君の素かもしれないな」
「いつも、ああなんです。こと相手が千秋だと・・・」
私の前でも見せない顔を、千秋に見せるのは少し悔しい。
「なんだ、おまえ、そんな顔をして・・・」
今度は私の顔を見て、兄は大口を開けてガハハと笑った。
部員が、その声にこちらを一斉に見た。社長が来ていることに、ざわついた。それを兄はシーと制し、手を下に向け、そのまま、そのままとジェスチャーした。
「兄さん、笑いすぎです」
「いやぁ、悪い、悪い、みんなが真剣に練習しているのに笑って・・・しかし、おまえのそんな情けない顔を見れるとは・・・陸上部を作って、本当に良かったよ」
意味がわからない。私は、もう一つため息をつくと、扉を開けて、集合をかけた。

「今日は、社長が見学に来ました」
私の言葉に、高耶さんが整列した部員に、挨拶の号令をかける。
「いいよ、いいよ、固くならないで。皆さん、業務をこなしながら、練習もお疲れ様です。無理ない範囲で、会社も応援していますから、皆さんも無理ない範囲で頑張って下さいね」
社長自ら部活動を見学する会社など、実業団の中でもそうそうないだろう。
「今日は、みんなに、新入部員を紹介します。ああ、もう紹介しましたか?」
「自己紹介しました」
千秋が、高耶さんに押されて前に出た。
「千秋修平君です。仰木さんと同じ大学出身です。箱根では6区でしたね」
千秋は、ニヤリと笑った。
あの年、千秋は、飛び出した観客を避けてひどく転んだのだ。棄権しなければならないとみんなが思った。それなのに、血だらけになっても襷を繋いだのだ。そして、寛政大学は、最下位からシードを取るまでに浮上した。千秋の分を挽回するんだと、奇跡的な走りだったのだ。千秋は、そのリベンジがしたいと、わざと留年して、見事に6区の区間賞を取った。おかげで、寛政大学はシード権を維持している。
千秋が区間賞を取った時の、高耶さんの顔を千秋に見せたかった。
走っている間は、拳を堅く握りしめ唇を強く噛んで、ハラハラしていたのに、ゴールした途端、ホッとしたような、泣きそうな・・・本当にいい顔をした。
「同じ釜の飯を食った仲間だからよ」
そう言って、涙が光ったのを私は知っている。

そして、わが社に入社したのだ。しかし、千秋には、特殊な仕事を任せていた。
千秋は、大学で情報処理を専門としていた。こう見えてもハッカーとしても優秀だったりする。しかも、大学は株とかで収入を得て通っていたくらいだ。
その才能を買って、長兄が自ら千秋をスカウトした。千秋に、わが社の情報収集の裏部門を任せていた。実は、高耶さんには内緒だった。今回、千秋のおかげで、 市街地開発の情報を得たのだ。わが社は、参入のための、いち早い対応策を練れた。
そして、一段落したので、一般社員ではないが、陸上をやりたいと言っていたので、ようやく陸上部に合流したというわけだ。
さぞかし高耶さんは、千秋の登場に驚いただろう。このサプライズを、見逃したのは残念でならない。
私は、高耶さんを見てにっこり微笑んだ。



  1. 城北高校陸上部〜 番外編
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走る、6



走る、6

風呂を済ませた高耶さんが、髪を拭きながら、リビングに入ってきた。
私は、明日の資料に目を通していた。明日は、新しいプロジェクトの提案会がある。
最近の不動産は、地方は値下がり傾向にあるが、都心は相変わらず高騰している。宇都宮は、それがはっきり二分され、どこを手に入れるか、投資するかで収益は大幅に変わる。
東京支店はその点では安定しているが、古くからの街が再開発で区画整理などで、価格が一気に変わるので、新しい情報は一刻も早く欲しい。
ある街が、駅前再開発が決まったのだ。道が新しく通り、古い町並みを総合商業ビルに建て替える。その中に、我が橘不動産も参入したい。そのためにチームを組んで取り掛かる。大きな案件なので、明日の会議は社長である長兄も同席する。

「明日の会議、何時からだ?」
「10寺からなので、出勤はいつも通りです」
「そうか。お兄さんは、こっちへ夜泊まるのか?」
「そうですね。たぶん、何も言ってませんでしたが、長引けば帰れなくなるでしょうから、用意だけはしておきます」
「わかった。オレが用意しておくよ」
「私がやりますよ」
「まだ、やることあるんだろ?それに、早く風呂入れよ」
「はい・・・高耶さんだって疲れているでしょうに」
「それくらいなんでもない。大丈夫さ。」
「泊まるとしても、夕食の心配はしなくていいですからね」
会議が長引けば、夜食を取るか、飯を食いに行こうとなる。
「うん、わかった」
「明日は、練習に顔を出せないと思います。よろしくお願いしますね」
「わかった」
高耶さんは、頭からタオルを被ったまま出て行こうとする。待ってと、呼び止め彼をソファに座らせると、横に並んで彼の髪を拭き始めた。滴がぽとりと床に落ちた。
「また、よく拭かないで。風邪引きますよ」
「大丈夫だよ」
口ではそう言ったが、なされるがままだ。それどころか、気持ちよさそうに目を閉じた。髪を触られるのは、幾つになっても好きなようだ。
そっと、高耶さんの髪を拭く。染めることもなくまっすぐな髪質は、高校生の頃から変わらない。一緒に住み始めて、毎日のように、高耶さんの髪を拭く。これも私の仕事みたいなものだ。いや、私にとっては趣味だ。

「なぁ、直江」
目を閉じたまま、高耶さんが口を開いた。
「なんですか?」
「あの、メニュー、オレのためだろう?」
私は、一瞬手を止め、高耶さんを上から覗き込んだ。
「城北時代を思い出したよ。オレが、親父から花瓶で脚を・・・あの時、1ヶ月走るの禁止令が出て、あん時、オレ、泳いだよな」
懐かしい記憶が甦る。
彼にとっては、苦い記憶だと思う。合宿の費用に、靴もユニホームも満足に買えない経済的な問題、部内での、レギュラー争い。そして、自分との闘いでもあるタイムとの闘い。誰もが1秒でも早くなりたいと、必死だった。そんな時の怪我。
この人は、大事な時に走れないと、あんなに苦しんだ。
私は、走るだけでなく、体幹のため、筋力のため、彼を泳がせた。今回みたいに、泳法を練習に取り入れたのだ。
「あの時、親父を怒鳴ってくれたんだって。後から親父から手紙が来て、直江の言葉にハッとしたって・・・だから、あれから、親父、まともになったんだ。」
「そんなこともありましたね。私も若かったんですね〜保護者を怒鳴るなんて・・・」
軽口みたいに言ったが、私は、悔しかったのだ。哀しかったのだ。何人であれ、この人を傷つけるのは許せない。この人の夢を阻む者は許せない。ましてや、それが父親だった。
「・・・感謝している」
「高耶さん・・・」
私は、そのまま、彼の両頬を手のひらで包むと、そっと口付けた。高耶さんは、その日焼けした腕を伸ばすと、私の首に巻き付けた。久しぶりに高耶さんから舌を絡めてきた。大会が近づけば、キスさえしてくれなくなる。このストイックな高耶さん。
走るために・・・
この人から、走ることを奪うことは、何人であれ許さない。
それが例え、私であっても、怪我であっても・・・

そっと唇を放すと、高耶さんが小さく微笑んだ。
「あとは、ドライヤーをかけて乾かして下さいよ」
そう言うと、こっくりと頷き、長兄の泊まる用意をすべく、部屋に行った。耳朶が赤い。
私は、資料を纏めると風呂場へ急いだ。
明日もスイミングなら、身体に痣は残さないように気をつけなければと、にっこり微笑んだ。

明日は、高耶さんが驚くだろう。
その顔を、会議で見られないのが残念だ。



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『走る』について

『走る』について

八咫烏、ご訪問ありがとうございます。

Y様より、高耶さんの前世の記憶の件で、コメントをいただきましたので、触れてみたいと思います。
本編の7などで出てきますが、読んでいない方のために簡単に説明しますね。

前世の高耶さんは、病気で外に出ることができなくて、ベッドの中からいつも外を見ているような子どもでした。思い切り、外で走りたいと願っていました。
その担当医が直江で、その病気を治し、必ず走らせてあげるからと、約束していましたが、願い叶わず、幼くして高耶さんは前世を閉じてしまいました。直江は、その前世の記憶に苦しんできたという設定でした。
本編は、高耶さんが高校に入学するところから始まります。直江は、最初高校の先生で、陸上部の顧問でした。本編では、高耶さん達城北高校陸上部が、駅伝の全国大会、都大路目指して奮闘するお話です。そして、最後、都大路で、高耶さんが奇跡的な走りをして、その想いが昇華するまでを書きました。
そして、番外編では、高耶さんの怪我は決定的になり、走るのはもう無理だと宣告されてしまいます。
そんな中、2人はなんとか同居にこぎつけ、でも、師弟関係からなかなか抜け出せず、やっとラブラブな関係になります。
少しずつ回復してきた高耶さん、大学4年生になり、母校寛政大学陸上部存亡をかけ、一肌脱いで箱根駅伝に挑むというのが番外編です。
この番外編のその後では、大学を卒業した高耶さんは、直江の会社に新しく作った(長兄の照弘さんが、弟と高耶さんのために作った)実業団陸上部に入ってからのお話です。
できれば、元日に行われるニューイヤー駅伝、正式には全国実業団対抗駅伝競走大会というのですが、その予選会までのお話にしたいと思っています。
私の妄想の中では、一番長いお話です。高耶さんは、リレーの選手だったということから、短距離にしようか悩んだのですが、やはりチームワークとかが必要な駅伝が似合うかなと、高耶さんなら、チームを率いる駅伝かなと思っての発想でした。
長距離とか、陸上部ではありませんでしたので、タイムとか、大会情報とか調べながら書いています。実際の経験者からは、違うこともあるとは思います。その点はご容赦下さい。
でも、駅伝、好きなんですよ。お正月三が日は、駅伝三昧です。


あ様、私も実は宅建持っているんですよ。昔、銀行系の不動産におりました。
何回か書いたことあるのですが、栃木出身、4人兄弟の末っ子、年の離れた姉1人、兄2人も、橘義明さんに共通していて、親近感持ちますね〜
でも、実家は金持ちでも、真言宗ではないのですがね〜光厳寺の檀家になりたーい。
だから、照弘さん達にかまわれる義明さんの気持ちも、少しわかる気がします。うちも今だに姉兄達は、私のことは子ども扱いです。いい歳のおばちゃんなのに!
今回も野菜や果物が段ボールに4つ、お小遣いまでもらってきちゃいました。
末っ子はチャッカリ者です。


余談
こちらは、今日も雨です。肌寒いくらい。
今日は、若くして亡くなった友人のお墓参りに行ってきます。お墓参りといっても共同墓地なんです。もう7年も経つのに、まだお墓がなくて、家庭の事情もあるのはわかるのですが、ちょっと複雑な気持ちです。だって、「僕は○ちゃんと出会うために生まれてきたんだ」なんて言っていた旦那さま。もうとっくに再婚しちゃって、これはないんじゃないって思います。
ごめんなさい。愚痴でした。
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走る、5

昨日は、急にお休みしてすみません。ちょっと飲み会でした。
皆さんは、夏休みでしょうか?
私も、今日から短いけど夏休みです。
しかし、梅雨みたいな天気です。



走る、5

その日の集合場所は、いつものグランドではなく、プールだった。
この時期、急にプールを確保するものは大変だった。橘コーポレーションの伝手をフルに活用して、部員全員が入れるコースを確保した。
「無理しただろう?」
メニュー表と、プール場所を書いたメモを渡すなり、高耶さんは、私の顔を見た。
「はい、少々」
雨でもないのに、グランド以外の練習は少ない。しかし、真夏なので、あり得なくはない。
「たまには気分転換になるし、筋力アップになるし、このメニューは、体幹も意識したな」
高耶さんの言葉に、私は、ニヤリと笑ってそれを答えにした。
「直江、これって・・・」
メニュー表をじっくり見た高耶さんが、何か言いかけた。
「はい?」
「いや・・・なんでもない。じゃ、これでいきます」
「私は、16時から会議があるので、行けるのは19時頃ですね。」
「無理しなくても大丈夫です」
高耶さんは姿勢を正してそう答えた。私はにっこり微笑んで、それを答えにした。

50メートルのコースを持つ、競技用のプールの2コースを、17時から2時間ほど抑えた。
今、端っこの2コースを、橘コーポレーション陸上部が使っている。外で走っている彼らは、やたら色が黒い。スイマーは室内で泳ぐ場合が多く、反して色白なのだ。だから、私にはすぐに彼らがわかった。同じようなゴーグルをして、スイミングキャップをしているから、遠目には誰が誰か分からない。
程よく筋肉の付いた脚で、水を掻きながら、伸ばした腕にはビート板を持っている。泳法は、ドルフィンキックだ。等間隔で泳いでいる。マネージャーが手拍子をしてリズムをとっている。リズムに合わせて脚を動かす。脚だけで泳ぐドロフィンキックは、脚の筋力強化に繋がる。水の中は浮力があるので、身体への負担、特に腰を傷めていたり、膝を怪我しているとか、どこかに故障を持つものにとっては、いいトレーニング法だ。

私は、会議が終わり、ランニング用のシャツとジャージに着替え、プールサイドに立った。
バシャバシャという水の音が、天井に響いている。隣のレーンのコーチの大きな声が反響している。屋内プールは、音は出口をなくし、中で籠り、反響する。
隣のコースは、どこかの高校のスイミング部のようだ。自校のプールでは狭い場合、時たま、こういったプールを利用して練習する学校もある。大会前に場所に慣れるとか、コースどりの練習とか理由は様々だ。学校にしても、プールの設備も造るのも維持するのも、結構大変なのだ。
わが社もゆくゆくは、自前のプールなり、グランドを持ちたいと思っている。もちろん、陸上部だけでなく社員も使えるための福利厚生の一環だ。

「監督が来ました。整列!」
プールサイドに上がった者から、次々な私の前に走って来た。
「皆さん、今日は、スイミングにしました。外は37度だそうです。こんな時は、走っていいことはありませんからね」
隣のコーチの罵声が響く。
「水泳は全身運動ですから、2時間が限度です。残りは上のトーレニングルームで軽く筋トレと、マッサージをして今日の練習は終わりにします。今週は、このメニューでいきます。」
「はい!」
「その後、盆休みに入ります。他の人より1日短くなりますが、今年も合宿をしたいと思います。」
盆休みは他の社員より短い。それを合わせて合宿を組んだ。高地トレーニングだ。低酸素の中で走るのは、肺活量の訓練になる。高地なので、涼しいし、練習には最適だ。相変わらず、秩父の実家の別荘が使われる。長瀞辺りは、山が急で山登りの訓練に適している。

私の話を、高耶さんは眼を離さず聞いていた。瞬きしていないんじゃないかと、思うくらい私を見ている。
私の話が終わると、高耶さんは黙ってトレーニングルームに移動する。
マネージャーの中川が、そっと私の横に来た。中川は、あれからわが社に入社して、陸上部のマネージャーを買って出た。やはり、高耶さんに魅了させた一人だ。常に、高耶さんはじめ部員の体調など、細かくチェックしている。心理学も学んだらしく、精神面でもフォローしてくれる。
「監督、仰木さんのこと、わかっていますよね?」
「あ、ああ、怪我よりも精神面がな・・・他の部員の反応はどうかな?」
「みんな、仰木さんに憧れて入って来ちょりますからね。仰木さんは、いつもと態度は変えてませんが、気付いてます」
「だろうな」
あんなに暗い眼をしていたら、誰だって気がつくさ。
私は、中川に高耶さんの怪我の具合いを確認すると、かなり痛みがあるらしい。
私にはひと言も言わないし、隠そうとばかりしていた。
「監督、この水泳トレーニングは、仰木さん仕様ですね」
私は、そうだという代わりに、中川の肩を叩いた。
「水泳一週間、盆休み5日間、それでどうだろう?」
「かなり回復すると思いますき」
中川は、意識しないと方言が出る。高耶さんのことに関しては、それだけ真剣なのだ。
「私は、暫定監督だ。もう少ししたら、高耶さんに監督も任せたい。」
「わかっちょります」
中川は大きく頷いた。
「・・・しかし、今の高耶さんの考えがなぁ・・・」
「直江さん・・・」
私のひとり言が聴こえたのか、中川が思わず、その呼び方で呟いた。
私は、マシーンを使った筋肉トレーニングを始めた部員を遠目で見ながら、ため息をついた。

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今日は、お休みしますね。
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軒猿と呼ばれて

今日は、お墓参りに行って来ました。渋滞で帰りが遅くなり、途中まで書いてあったSSをアップしたいと思います。途中までなので、続きは後日また書きますね。中途半端ですみません。

なかなか日の当たらない軒猿さん達。
結構、好きなんです。
いつか、主役にしたいと思ってました~~


軒猿と呼ばれて

私の名前は、八海。
上杉軒猿の筆頭だ。
伊賀や甲賀、風魔と違って、上杉軒猿は、まったく歴史にその名を残していない。
忍者とて、高名かつ、有名な者もいる。
服部半蔵、猿飛佐助、風魔小太郎、真田の者・・・
また、忍と言えど、忍と言われるのが一番周知されているが、実はその呼び方は、様々である。
草とか、隠密、間者、お庭番など、よく時代劇に登場するが、他にもたくさんある。その家々で呼び名が違う。
あの聖徳太子にも、すでに情報部員がいたというのだから、武士より歴史があるのかもしれない。
近代史では、先の世界大戦時、あまり知られていないが、中野学校など、その教官はほとんどが忍者の末裔である。学んだ内容も、忍者の知恵によるものだ。
現代でも、一般の人は知らないだけで、スパイという名前で、企業に、政治に・・・影に隠れて動いているのだ。

私が生を受けた戦国時代は、忍の時代と言っても過言ではない。各武将は、どれだけ優秀な忍を雇うか、かかえているではその勝敗は大きく左右されたのだ。
現代と違って、インターネットどころか、携帯電話も、電話もテレビもない時代だ。
情報の大切さは、時代が変わっても変わらない。

我が、軒猿衆は、その実態も名前も遺した者はいない。今だに歴史の影に隠れた存在だ。
なぜなら、それが忍だからだ。
忍なのに、表立ってはならない。厳しい教えの元、我々は存在していた。

我が八一族は、修験者の一門であった。
我が主人、謙信公が修行を共にした一族とも言える。
我が八一族は、その名は皆、八が付く。
だから、筆頭の私は、越後の名山八海山をとって、八海だ。
手下を紹介しよう。
甲賀の流れを汲む八神。
月山の修験者、八掛。
半農民の八鍬。
関東八州出身の八州。
など、その職業や生まれによって、呼び名が付けられた。現代風に言えばコードネームだ。

換生者として、グローズアップされるのは、いつも主筋の上杉夜叉衆だが、実は我々も、影に隠れて、憑依もしくは、換生している。
同じ魂を持ったまま、共に400余年生きてきた。
我々は、毘沙門天と結印はしていない。だから、調伏という仏の力はない。されど、忍としての術がある。
猫も50年生きると、妖術も授かると言うが、我々とて同じ、400年も生きていれば、仏の力は無くとも、それなりの術を極めるものだ。
表立つのは、武将のみ。
我々は、忍だ。影だ。軒猿なのだ。
表立ってはならない存在なのだ・・・
忍として、有能であればあるほど、その存在はないのだ。

上杉景虎様、相模の国からお輿入れされた。三国一の、美丈夫の誉れも高き北条三郎様。
我が殿、謙信公は大層お気に召された。
姪御の婿になされ、ご自分の名前を与えるほどだった。そして、三郎様は景虎様となり、相模から持ってきた物はもちろん、付いてきた忍び、風魔の者さえ帰された。
身も心も、越後の者になれよと・・・
しかし、我が殿は、突然にみまかれたのだ。
実は、殿は、息を引き取る寸前に、私を呼んだ。
「八海・・・」
どんな小さな声でも、聞き逃すことはない。
「はっ、ここに」
「景虎を頼む。儂が死ねば、必ず跡目争いが起きるであろう。景虎は、景勝に負けるであろう」
「殿!」
「あの者は、器量があり過ぎる。知らず、人の妬みや恨みを買っている。越後の人間は、あれが許せないだろう」
「そんな・・・」
「あの者を守ってほしい。頼む・・・」
殿と交わした最期の言葉だった。

そして、殿はみまかられ、殿の言った通りに越後の国は二分された。
景虎殿は、自刃され、その後、無念が嵩じて怨霊となり、軍神となられた謙信公に宥められた。

時を同じくして、我々は、軍神謙信公のお力と我が八一族の術にて、特別な力を得たのだ。
謙信公のお導きにより、毘沙門天と結印した景虎様や、柿崎様、安田様、色部様、そして、直江様と共に、まさか、それから400年もの永き時を、その魂を肉体を換えながら生きてくることになろうとは・・・
謙信公の命により、謙信公に仕えたように、我々は、夜叉となられた、景虎様始め5人の方にお仕えすることになった。

忍びとは、感情など出せるものではない。感情を持ってはならぬのだ。哀しいと苦しいも、理不尽があれど、不平不満など、口に出すものではないと訓練されている。ただただ、主人の命を遂行すべき訓練されている。個人の意見もなければ、行動もない。そもそも個人がない。
その場にある草の如く、水の如く、空気の如く、その存在は無きに等しい。
されど、我々とて人の子。永き間には、苦しいことも辛いことも数多くあった。
意にそぐわぬ命に、なぜや、どうしての疑問が浮かんだが、それさえ口にすることは憚る。主人には、主人の考えがあるのだ。それを汲むのも我々の役目。汲めぬなら、汲めぬまま、忠実に命を遂行するのみ。我々に求められるのは、結果だけなのだ。
夜叉衆と呼ばれる主人達をお護りし、助け、必要な情報を探り、または隠し、提供する。
だから、夜叉衆の方々が、400年謙信公の使命を続けてこられたのは、我々あってのことだと秘かに自負している。

しかし、我々も永きに生きてきたとはいえ、忍びとして生まれ、忍びとして育ち、忍びとして、生きてきたが、木や草から生まれたわけではなく、人の子。
怒りもあれば、哀しみもある。
ひとえにここまで、夜叉衆の方々に付いてきたのは、確かに謙信公の命もあったが、一番は、景虎様の我々に対する思い遣りであろう。忍びになんて、心をかける武将などいないのが世の習いだ。
謙信公の命は、絶対ではあった。八一族は、謙信公には恩がある。八一族の危機に謙信公により助けられたからだ。だから、上杉家、強いては、謙信公に仕えていたのだ。
謙信公に恩があり、謙信公が絶対であっても、400年は長すぎた。
何度、夜叉衆から離れたいと思ったかわからない。激しい闘い、無理難題の命令、夜叉衆の方々と同じではあるが報酬もない。あるのは、謙信公への忠誠だけだ。永き時の中には、我々だって、安らかに眠りたいと思うことだってあったのだ。

・・・景虎様がいたからだ。時折、忍びに与えるとは思えないほど、優しい言葉をくれる。忍びは、人にして人にあらずというのに、我々を人として接してくれる。正確には、死んだ人間同士ではあったが。
景虎様がいたから、景虎様がいるなら、我々は付いていこう。
景虎様には、そう思えるものを持っていた。
だからこそ、景虎様の苦しみや哀しみはよく理解していたと思う。それは夜叉衆の誰よりも、色部様より、晴家様より、安田様より、そして、直江様より・・・
直江様が、景虎様をお慕いする気持ちにも、早くから気付いていた。
我々の洞察力は、人の真意を極める。忍びの術の一つである。
しかし、我々はどうすることもできなかった。どうしていいかもわからなかった。
あまりにも、わかりすぎて・・・










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走る、4



走る、4


「おまえの気持ちは、わかっている」
私の胸の中で、高耶さんは小さく呟いた。
瞳を閉じて、高耶さんの温もりを確かめる。
こんなに、熱い。
この人は、こんなに熱い体温と、そして同じくらい熱い想いを持っている。
「高耶さん、駅伝は、チームで走るんです。城北高校を思い出して下さい。彼ら1人1人は、そう強い選手ではなかった」
どちらかというと、平凡な選手ばかりだった。それなのに、彼らが集まったことで、力が最大限に発揮された。彼らの想い、彼らの情熱、チームワークとひと言で片付けられない団結力。それがあったからこそ、あの奇跡は起きた。今や、長距離界の奇跡の1つだ。いや、駅伝の最も目指すところ、真髄、理想的な形だった。

あの時のメンバーで、高耶さん以外、箱根に出た者はいない。それどころか、大学で陸上を続けたのは、城下だけだ。城下は、しかも中距離への転向だ。串田はサークルとしての陸上だけだ。もっとも、他の奴らは上位大学へ進学したので、勉強が大変だったのだ。今、彼らはそれなりに、日本を背負う有数な企業へ入社している。院へ進学した者も多い。一芸に秀でるものは、多芸に通ずるというが、一理あるようだ。
「あいつらの中で、陸上をとったのは結局、一番ショボかったオレだけだ」
私の考えていたことがわかったのか、高耶さんは、まるで心内を読んだかのように、そう答えた。

高3の最後の県大会、あの頃、高耶さんはレギュラーになれるかどうかの瀬戸際だった。あの時も、怪我に苦しめられた。最後の県大会で、奇跡的な走りを見せて、都大路の切符を手にした。そして、高耶さんの都大路のレギュラー入りは、チーム全員の高耶さんと走りたいという、切実なまでの懇願があっての実現だったのだ。
内心私は、高耶さんの怪我の具合いと、タイムでは全国では、闘えないのではないかと危惧していたから。
しかし、いつも予想を裏切るのが高耶さんだ。あの都大路で、伝説に残る走りを見せた。
あの後、走るのはもう無理だと宣告され、長く辛い時期を迎えたが・・・

「だから、だから、なおさら結果を出したいんだ」
「励みになるより、今のあなたにはすべてがプレッシャーなのですね」
「・・・」
肯定の答えは、沈黙だった。
デジタル時計が、高耶さんの出かける時間を告げた。
「もう行かなきゃ・・・」
練習で早く抜ける分、この人は、早く出社する。
「あと、頼むな」
シンクの中を片付けていくのは、後から出る私の仕事だ。
「もちろんです。でも・・・」
「・・・今は、気の済むまでやりたいんだ。やらせてくれ。やらせて下さい」
・・・高耶さんの必死な瞳に逆らう術を、誰か教えてくれ。
私の、惚れた弱みに、高耶さんは付け込んている。

実業団という、本当に選ばれた条件の調った者しか入れない世界は、本当にシビアだ。実力のない者は、あっという間に消えていく。
現に、箱根に4回連続出場し、箱根の優勝経験もあり、実業団トップクラスの実業団と契約して出社した八木沢は、怪我をして結果が出せず退団した。退団なんて生易しいものではない。放出させたという噂だった。
我々、城北高校関係者には大きな衝撃を与えた。ましてや、高耶さんにとっても、大きな影響を与えたのは間違いない。
稀に、実業団に入ってからの方が、成績を伸ばす者もいるが・・・
八木沢のことを、目の当たりにして高耶さんは焦っているのかもしれない。

「高耶さん」
それでも、この逸材を潰したくはない。私だって、監督なのだ。彼の想いに引き摺られるほど、名ばかりの監督ではない。
「後で、今日のメニューを渡します。専務室に取りに来て下さい」
「わかりました」
高耶さんは、社員の顔をしてお辞儀をした。

長距離にとって、夏はシーズンオフに近い。暑いので生命にかかわる。だからこそ、夏の使い方でシーズンの成果が出るのだ。夏を制しなければ、勝利も制しない。
原点にかえろう。
私は、そう思った。
彼の走りへの情熱、走ることの楽しさを、もう一度思い出してほしい。
義務としての走りではない。糧を得るための走りでは無い。
心の底から走ることが、うれしくてたまらないと湧き上がるような、あの走り。
あの頃の、キラキラとした目を、取り戻してほしい。
私が、愛してやまない漆黒の瞳を・・・
私も、もう一度、原点に戻ってみたい。



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走る、3

今日は、「ザ・マミー」を観て来ました。トムクルーズ最悪の映画と酷評されていたので、返って気になって・・・
アクションシーンと、CGが激しすぎて、確かにストーリーがわからなかったです。
言えることは、断じて、ホラー映画ではないですね。笑


走る、3

「あなたは、どうして、そこまで意固地になるのですか?」
高耶さんが、口を閉ざして3日が過ぎた。
さすがに、私の忍耐力にも限界が近い。私は、ある一定の線を越えると爆発するというか、暴走するというか、突拍子もないことをするところがある。自覚している。そうなると、問題を拗らせるだけだから、問題はなるべく小出しにしたい。この性格は、どうも溜め込むところがある。

朝ご飯を食べていた。
会話は欠いても、きちんとした食事は欠かさない。
朝から暑いせいか、味噌汁は冷や汁だ。香ばしい胡麻の香りと、紫蘇の茗荷の香りが食欲をそそる。鯖や鯵の開きの焼き魚は、最近よく食卓の上がる。安いし、焼くだけだからという理由だが、青魚は必須脂肪酸と呼ばれるDHA(ドコサヘキサエン酸)・EPA(エイコサペンタエン酸)を多く含み、血液をサラサラにする。カルシュウムも豊富だから骨にもいい、タウリンも多く、疲れ回復にも効果があるなど、走る上で必要とされる栄養素が豊富だ。その上、よく会合などで酒を飲む、私の肝臓に良いのである。
高耶さんが作る食事は、文句なしに美味しい。でも、ここ数日、味はいいのに、何か砂を噛むような気がしてならない。
高耶さんが、話をしてくれないからだ。

「意固地?」
やっと質問に答えてくれた。いや、反復しただけか?
「そうです。あなたは、高校時代、楽しそうに走っていました。結果が出ないと負けず嫌いだから、とことん納得するタイムまで走り込んだりしましたけど・・・走ることが楽しくてたまらない・・・そんな目をして走っていました。少なくとも、私にはそう見えました。大学時代は、あの3年間は辛かったかもしれません。ジョギングから始めて、少しずつ距離を伸ばして、タイムを縮めて・・・4年生になって、箱根に出ると決めてからの、あなたの目の輝きは忘れません。あんなに打ち込んだ日々。あなたは箱根だけを見つめて、ひたすら走ったじゃないですか?」
「・・・」
高耶さんは、俯いて、持っていた箸を置いた。お茶を淹れようとしたのか、立ち上がった。それを制して、私がケトルをかけた。お茶やコーヒーを淹れるのは、私の仕事だ。
「オレは・・・」
私は、ケトルから湯気が上がるのをじっと待った。沈黙を破るように、ケトルがけたたましい音を上げた。カチリと、止めるとシューと、ケトルも鎮まる。

「オレは、走ることで給料をもらっている。橘コーポレーションという会社を背負って、走っている」
ゼッケンには、高校時代は、高校名を、大学時代なら、大学名を、実業団なら、社名を背負って走る。
やっと開いた口が、何を言い出すのかと思ったら・・・
私は、振り向いて高耶さんの顔を見た。
高耶さんと目が合った。高耶さんは、私を見ていたのだ。
「給料をもらうということは、走ることは、仕事だ。」
「それだけ、じゃないですよね。練習時間まで、業務をしています」
「でも、周りは、練習時間だからとか、休みに大会があれば、仕事をセーブしてくれたり、体調を心配して、量を配慮してくれる」
「それは、みんな陸上部ができて喜んでいますし、それに、あなたが頑張っているのをわかっているからでしょう」
「そうだ。みんな・・・期待してくれている。嬉しい。でも、同時にオレは、みんなのそんな思いに応えなければならない。プロなら・・・」
「プロといったって、専念しているわけじゃない」
「それでもだ。それでも、走ることで、生活の糧を得ている。まぁオレの場合、おまえに生活のほどんどを頼っているから、オレの稼ぎなんて、たかがしれているけどな」
「高耶さん!」
私は、高耶さんの前に立った。
「本当に、そんな風に考えていたのですか?」
私は、高耶さんの手首を捻り上げた。静かに怒りが湧き上がる。
「走ることを楽しんでいるなんて、プロとして甘んじちゃならない。遊びじゃないんだ。学生時代みたいに、自己満のためじゃない。そうだろ?おまえ、仕事が楽しいか?楽しんで仕事してますなんて、噓くさいと思わないか?仕事は、楽しいとか、楽しんでやっているとか、そんなもんじゃない。大変だから、辛いから、我慢して、それでも乗り越えていくもんじゃないのか?仕事は糧を得るための義務だ。生きるために必要なんだ。直江なんて身に染みてわかっているんだろう?それなのに、オレだけが甘えている」
高耶さんは、振り絞るようにそう言った。そして、また、貝のように押し黙った。
ストイックすぎる。もともと、そんなところはあった。でも、ここまで思い詰めていたなんて・・・
「高耶さん、そんな気持ちで練習していたの?」
「この一年、橘コーポレーションの名前を売らなければと、思った。給料分は、結果を出したいと思っていた」
私は、捻り上げたその腕を引き寄せた。
こんなに、こんなに、この人は自らを律し、敢えて楽ではない生き方を、求めているようにさえ思えるほど、己れに厳しい。
そして、そのまま自分の胸に頭を抱き込んだ。もう片方を背中に回した。力を込めて、抱きしめた。
高耶さんは、座ったまま少し予想外だったらしく、抵抗することなく私のなされるがままだった。










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走る、2


走る、2

冷たい水とタオルを冷やし、高耶さんの首筋を冷やした。とりあえず、そこまで熱中症はひどくないようだった。
"殴りますよ"か・・・高耶さんに手を挙げるなんてあり得ない。でも、そのくらい必死だった。この人は、そこまで言わないと態度を変えない。少し強行なくらいで、やっとだ。
彼の生命より大切なものはない・・・から。

「無茶し過ぎです。」
私の強い言葉に、高耶さんは、やっと私の目を見た。
「代表・・・出たかったんだよ」
高耶さんは、駅伝も力を入れているが、マラソンにも参加していた。同じ走るなら、駅伝は好きなのだが、ひたすら単独で走るマラソンも基本は同じだから。いつかは、フルマラソンに出たいと思っているようだ。
今の彼の脚の状態では、フルマラソンは考えられない。いつまた、疲労骨折するかわからない。
高耶さんは、走り出すと、疲れたとか限界がないのだ。それは同時に、彼の脚に限界までの負担をかけるのだ。彼の限界を知らない精神に、人間である以上当たり前だが、肉体には限界がある。彼の気持ちに肉体がついていかない。精神力が勝り過ぎて、もはや超人だ。
この人に、肉体の補強をすること、肉体の限界にならないメンテナンスを怠らないこと。一番は、肉体の限界を教えること、そして、それを止めるのが、監督でもあり、パートナーとしての私の役目だと思っている。

木陰で横になった高耶さんの、前髪を梳きながら、その額に少し汗が出てきたので安心した。
「高耶さん、本当、無理しないで・・・」
同じことを何度も言う。刻むように。
「ニューイヤー、今年も出れなかったらと思うと、いても立ってもいられないんだよ」
絞り出すように、高耶さんの苦しみを吐露する。私は、痙攣とか起こさないように、高耶さんの脚をマッサージしながら、諭すように応えた。
「だから、それは、あなたの責任ではない」
「オレが走れないからだ」
主将である高耶さんが欠場というのは、確かにチームとしては痛い。士気にもかかわる。それでなくても若いチームだ。高耶さんへの求心力がチームを支えているのは確かだ。
まだ団結力とか、チームとしては、まだまだ、出来上がっていない。
「何度も言いますが、駅伝は1人で走るのではありません。チームで走るんです。このチームは、まだできたばかりだ。子どもだって1歳なら、やっと歩き出す頃ですよ。それをいきなり大きな大会に出ようなんて、陸上のトップ企業にふざけんなって、怒られますよ。」
少し揶揄を入れて、私は重くならないように言ってみた。
「そんな問題じゃねぇ」
「高耶さん、焦ってはダメです。また・・・」
「また、走れなくなる、か?」
「そうです」
「走らないおまえになんか、オレの気持ちが分かるか?」
私は、長距離の選手ではない。陸上の経験があるとはいえ、所詮高跳び、ハイジャンプの経験者に過ぎない。
「高耶さん!言っていい事と悪いことがありますよ」
「走れない、辛さが、おまえに、わかる、かって言っているんだ」
私は、その痛いくらい高耶さんの気持ちがわかる。伊達に高校から、この陸上という、世界に生きて来たわけじゃない。高耶さんとともに・・・
「・・・わかりますよ」
私は、マッサージしていた手を休め、静かにそう答えた。
高耶さんは、キッと私を睨んだ。
「わかるわけない。オレは、オレはあの3年間がどれだけ苦しかったか・・・今回どころじゃなかった。3年間だぞ。3年もまともに走れなかったんだ。それが、それが、どれだけ辛かったか・・・」
全国高校駅伝、京都都大路で行われた、高耶さん高校最後の駅伝は、超人的な走りを見せたが、脚の怪我は致命的だった。走るのは無理と医者に宣告されたのだ。そして、長いリハビリの毎日だった。それが3年後、奇跡の復活を遂げ、箱根駅伝に出場した。しかも区間賞というおまけ付きでだ。普通ならあり得ない。まさしく奇跡だった。赤いファニックス(不死鳥)の異名をとったくらいだ。
「わかるでしょう。一緒にいたんですよ。私にはわかりますよ。何度も言いますが、伊達にあなたを見てきたわけじゃない。高校から、ずっと私は、あなたを見てきた。そばにいた・・・」
正確には、中学県駅伝から、強いては、前世で、病気のあなたを医師として、ずっと、ずっと、魂からあなたを見つめて生きてきた。
この人は、走るために生まれたきたような人だ。
前世の思いを受けて・・・
・・・私の存在を、あなたはわかっていない
「走っている肉体は、仰木高耶のものかもしれないけれど、走っているあなたの精神に、私はいつもどんな時でも共にあったと、思っています」
私は、真摯な眼差しで高耶さんに、告げた。誓うように・・・

高耶さんは、一点を見つめたまま、黙った。そして、口を開かなくなった。
それからというもの、私達に、会話がなくなった。事務的な応対はする。うんとか、いやとか・・・最低限の返事だけ。
何を聞いても、何を言っても、まるで人形のように、言葉を忘れたかのように、高耶さんは押し黙った。
そして、間も無く、高耶さんの顔から表情がなくなった。

完全に心を閉ざした。こうなると厄介だ。
この人は、頑固だ。言い出したらきかない、その度を越す。人の話は耳に入らない。
このこだわりと、強い精神力は武器ではあるが、時として、そばにいる者には、この梃子でも動かない精神力の強さと言うか、この心根の強さはある意味厄介だ。手強い。
これを懐柔するのが、私の監督として、また伴侶としての、役目だと思ってはいる。
私の役目は、目に見えないところで、作用しなければならない。
監督とは、そういうものだと思っている。

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走る

今日は、台風一過、フェーン現象なのでしょう、暑かったですね~
いく分前に、リクエストがありました城北高校陸上部の番外編のそのまた番外編、その後です。


走る

「チクショー!」
珍しく、高耶さんが癇癪を起こした。持っていた新聞を床に叩きつけたのだ。
こんな時間に起きていて、テレビを観ていた。
「なんでだよ!こんなところで、看板なんか!」
テレビでは、世界陸上が放送されている。男子マラソン。公務員ランナーが転倒した。
うずくまった彼は、太ももを強打したらしい。先頭集団9秒差がみるみる離されていく。
それを観て、高耶さんは感情を爆発させた。
・・・やっと・・・
その横で、私は少し安心した。
高耶さんが感情を出したことに・・・

箱根駅伝が終わり、高耶さんは、大学を卒業し、我が橘コーポレーションに入社した。我が社に陸上部を設立したのだ。暫定監督として私が就任し、部員は高耶さん、他に箱根を走った他校3名、都大路を走った高校生が2名、在勤者の中から、陸上部希望者が5名。これには、私も社長も驚いた。まさか、中途からでも入部希望者がいるとは予想していなかったが、この5名は常日頃から本格的なジョギングを趣味とし、学生時代陸上部だった者達らしい。
社会人の部活は過酷だ。実業団として、走るためだけのトップクラスとは違い、午前中それなりに業務をこなし、仕事は就業時間より少し早く切り上げ、それからの練習となるからだ。
高耶さんは、走る上で、根性もあるし、持久力もある。洞察力や、計算高さ、先を見通す先見の能力も優れている。長距離なんて走るだけかと思われがちだが、レース配分といわれるペースと距離を計算し、相手の体調、性格、実力などを見極め、勝負に対する粘り強さ、勝負強さ、洞察力など、総合的な力を必要とされるのだ。そして、それは走るだけでなく、あらゆることに活かすことができる。
だから、高耶さんは、会社に入社し仕事を始めると、メキメキと頭角を現し出した。求められる仕事内容に、量も質もレベルが高いものを要求されるようになるのに、そう時間はかからなかった。一見コネ入社のようだったが、普通に試験を経て入社した者達に遜色がないどころか、抜き出るようになった。
業務をこなし、練習をこなす。並大抵のことではない。毎日ヘトヘトなはずだ。家に帰れば、食事の用意や家事もこなす。もちろん私もできる限り協力しているし、掃除などはある程度、業者を入れている。
しかし、食事作りだけは、手を抜かない。
身体を作るのは、食事からだと・・・
ストックな性格は、いつになっても変わらない。相変わらず、自分に厳しい人だ。
もう少し、手を抜くとか、誰かに頼るとか甘えるとかすれば、もっと楽になるのに・・・(特に私にだが)
自分には厳しいくせ、人には優しいところがあるから、ますます余裕もないし、追い込まれていくことに気付かない。とことん倒れるまでやってしまうのだ。高校駅伝、箱根駅伝など、過去の大会がそうだったように・・・

実業団一年め、ニューイヤー駅伝は予選敗退。これは、彼を追い詰めた。
橘コーポレーション陸上部、2年めを迎えた。春先は、かなり無理をした。
新入社員を迎えたのだ。新入部員を全国の大学や高校から選んで、トレードして迎える。それはそれは忙しかったのだ。おかげで、箱根駅伝の有力選手を、2名ほど確保できた。そして、仰木高耶を目当てに入社してきた者。橘不動産陸上部も実力をつけてきたと思う。
一年めはすべて予選落ちだった。
・・・それが、高耶さんのスイッチを入れてしまった。
春先の無理が梅雨が入る頃、嫌な方向に出た。高耶さんの古傷が、また痛み出したのだ。
マッサージ、鍼など、あらゆることを試したが、低気圧とともに痛みは増し、高耶さんは走れなくなった。
主将でもある高耶さんの穴は埋められるわけもなく、悉く大会は予選落ちが続く。わが社の陸上部は、負け続けたのだ。
私も社長も、一番は高耶さんだが、ショックは大きかった。高耶さんは、責任を痛感していた。
自分のせいだと、自分を責める。
「あなたのせいじゃない」
私の声は、高耶さんには届かない。
「できたばかりの部です。結果を出せという方が無理な話だ。今は基礎を作っている段階でしょう。万が一、責められるとしたら、監督としての私だ。私が責められるべきであって、主将とはいえ、決してあなたではない」
私も、つい売りことばに書い言葉。高耶さんは、私の襟首を掴んだ。
・・・こんなことが何回も続いた。

梅雨が開けたとたん、夏が始まった。亜熱帯化していると言われる都会の夏は、体温より気温が上がる。
橘コーポレーション陸上部のホームグランドは、東京郊外とはいえ、都心の暑さとそうは違いない。その日も暑い日だった。
夏の間の練習は、夕方4時半からとしていた。
その日、高耶さんは、代休だった。
私が用事があって、家に電話をしたら出ない。嫌な予感がして、ホームグランドに来てみたのだ。

夏は、長距離の練習には適さない。熱中症の危険がある。
生命にかかわるのだ。
その中を高耶さんは、走っていた。

「あなたは、またそんな無茶をして・・・こんな気温の中、走るなんてバカだ。死にたいのか!」
真夏の太陽は、まだ真上に近い。お昼過ぎたばかりだ。1日で一番気温が高い時間だ。
グランドにいた高耶さんを、容赦なく照らしつけている。
私は、高耶さんを見つけ怒鳴った。私の声は耳に入らないのか、止まらない。グランドに入り、私は、高耶さんの前に立ちはだかったのだ。高耶さんは、私を迂回して進もうとした。その手首を掴んで、脚を止めさせた。
「怪我で走れなかった分、取り戻したいんだよ」
高耶さんは、私の方を振り向きもせず、そう言った。その静かな抵抗に私は熱くなった。
そのまま、高耶さん肩に抱き上げると、木陰へ連れて行った。
ランニングからはみ出した肩は、日に焼けて赤くなっている。灼熱の太陽は容赦なく、高耶さんの白い肌を焼いた。結構な時間走っていたのかもしれない。
私はすぐに気づいたのだ。こんな気温なら、何もしなくても汗が滴るのに、高耶さんは汗が少なすぎる。
熱中症の一歩手前だ。
「いいですか、ここから動かないで!動いたら殴りますよ!」
私は、そう言って近くの自販機へ走った。その後ろで、高耶さんは、静かに倒れこんだ。


〜続く

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プロフィール

kihiro0501

Author:kihiro0501
kihiroと申します。
「炎の蜃気楼(ミラージュ)」の非公式二次小説です。
ミラに感謝と愛を込めて、日々脳内妄想爆走させております。
私の設定は、ほとんど、ハッピーエンドが基本です。ご了解とお詫びを先に申しておきます。
今頃のミラですが、よろしくお願いいたします!

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