「炎の蜃気楼」非公式個人ブログです 管理人の主観にあふれた女性向け小説です

八咫烏 ~yatagarasu~



まだ、星は見えない

高耶さんと会う前、
回想している直江さん


まだ、星は見えない

「こんな所にいらしたのですか?」
静まり返った甲板に、その人は立っていた。夜風が甲板を流れている。
「いいのか?持ち場を離れて」
「交代の時間だったのです」
そう言うと、その人は、かすかに頷いた。
「冷えますよ」
「いや・・・大丈夫」
洋上は静かだった。太平洋高気圧に覆われ、昼間は暑かったが、この時間には海を渡る風は涼やかだ。船内が蒸して、涼みに出たのだろうか。
見張りの者ぐらいしか、船上にはいなかった。
「景虎様・・・」
「ここでは、加瀬だ。山口通信兵」
「加瀬少尉」
その人は海軍兵学校を卒業して、海軍に入った。士官候補生だ。持って生まれたものか、上官の覚えめでたくメキメキと昇格していた。
「・・・やっぱり、違和感があるな」
それまでの軍人としての鋭い眼差しが、ふと緩んだ。
「景虎様」
「なんだ、馬鹿のひとつ覚えみたいに、さっきから」
「不思議だと思って・・・」
「何がだ?」
「こうして、海の上にいることがですよ」
「・・・そうだなぁ。ずっと、狭い日本の中にいたから」
「海の上は、怨霊もいない・・・あなたの望んだことなんでしょう?」
その言い方に気分を害したのか、キッと睨まれた。本音を突いてしまった。
素直と言えば聴こえがいいが、すぐに感情が顔に出る。わかりやすい。

「オレ達は、どこまでいくのだろう?」
「東南アジア、ジャワ島経由、硫黄島まで・・・」
「おまえ・・・」
真っ当な答えに、呆れた顔も見せた。
戦争は激化している。巨大な国を相手に、この頃から我々軍人には、敗戦という現実がすでに見え隠れしていた。
「戦争は、なくならないのかなぁ」
「今、そんな事を言ったら捕まりますよ」
慌てて、キョロキョロと辺りを見回した。
「ここには、おまえとオレしかいない」
ニヤリと笑って、あの人は平然と言ってのけたのだった。

「直江、おまえ、星はわかるか・・・」
洋上では、星の位置は重要なポイントだ。船に乗る者、常識であった。
「それは、もちろん」
この人は、何を言いたいのだろう?
「夏の大三角が、見えるぞ」
「ええ、あそこに見える、こと座のベガとわし座のアルタイルと、はくちょう座のデネブを結んだのが、夏の大三角です・・・」
誰でも知っていることを、したり顔で答えた。その人は、唇の端だけを上げて頷いた。
何が言いたかったのだろう。
何を言わんとしていたのだろう。
「・・・天の川」
「えっ?」
「天の川が、おまえとオレの間に流れている」
「えっ?」
それは小さな声だった。その時、後ろからその人を呼ぶ声がした。
「加瀬!」
上官がかけた声と重なった。でも、俺には聴き取れたのだ。
「探したぞ、少佐がお呼びだ」
「ハッ!」
敬礼すると、俺の方には見向きもしないで行ってしまった。その後ろ姿を見送った俺に、上官が詰め寄った。
「貴様、よく加瀬といるな」
「いえ、今部屋に戻る途中であります。偶然いたまでです」
「そうか!」
上官は、カッカッと足音を残して行ってしまった。
狭い船内、妙な動きは御法度だ。有らぬ誤解を招く。
そう、あの人は、いつも言っていた。

俺は、寺の縁側に座って、気の早い甥っ子達が梅雨の晴れ間を利用して、花火をしているのを見ていた。
空には、眩しいくらい星が光っている。
宇都宮郊外のここらは、都会と違って、まだ夜空が見える。
「義明兄ちゃんも、やる?」
甥っ子が、花火を一つ差し出した。
無理をして優し気に微笑んで、首を横に振った。
俺は、空を見上げた。
あの日と同じように、星は光っている。

・・・どこにいるのだ。
どうして、応えてくれない。
もう、何年も思念波を送り続けている。
絶望が手首の傷を増やした。
まさか、本当にあの時・・・
信長とのあの戦いが、ひどい痛みを伴い思い出される。
しかし、すぐその考えは、首を振って打ち消した。
諦めない、
諦めたくない・・・
あの日、洋上で見た天の川が見える。
牽牛と、織姫は、もうすぐ会えるのに・・・
俺達は、いつ、会える・・・

俺の星
希望の星、
今は夏、
俺のシリウス・・・
冬の大三角、恒星シリウス
まだ、見えない。






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雨が上がって〜天の川

直江さんと出会う前、高校生になったばかりの高耶さんと、譲。


雨が上がって〜天の川

「今日も雨かぁ」
空を見上げて、高耶がため息をつく。
ため息の原因は、洗濯物が乾かないとか、じめじめしているとか、同じ団地のおばちゃん達と同じであり、特別な理由ではない。
それに加味して、高耶は傘を差して歩くのが嫌いだ。
学校へは、自転車で行っている。今、バイクが欲しくてたまらない。
雨ならば、歩いて行くか、バスか、濡れたまま自転車で行くか、その三択だ。(なぜかレインコートという選択肢がないのが、高耶だ。レインコートなどという、ハイカラなものを持っていないということもある)
元より傘を差して歩くのは嫌いな上に、学校まで歩いて行くのは、時間がかかる。朝は、主婦並みに忙しい高耶は、できれば時短したい。
あとは、バス。ビンボー人を絵に描いたような生活の高耶は、できればたかが数百円のバス代とはいえ、少しでもケチりたい。バイクのためにも節約だ。
というわけで、濡れるのも構わず、"自転車で行く"を選ぶわけだ。

「高耶、またそんなに濡れて・・・傘はどうしたの?」
前髪から今にも雫が垂れそうだ。
「持ってるぜ」
コンビニで買ったビニール傘を、掲げるように持ち上げた。
「持ってんのに、なんでそんなに濡れているわけ?」
「ほら、自転車で傘さし運転は、ダメだろう?法律は守らないとだなぁ・・・」
「法律は守っても、校則を守らない人がよく言うよ」
「さすが譲、わかってんじゃん」
「高耶は、すぐ熱出すんでしょ?ダメだよ。ほら、早く拭かなきゃ」
高耶の唯一の親友と呼べる成田譲は、昇降口で濡れねずみのような高耶を見るなり、駆け寄って来た。まるで世話焼き女房だ。ご丁寧に、ポケットからハンカチまで出して、拭いてあげようとまでしている。
さすがにそれは、高耶とて恥ずかしいのか、そのハンカチを受け取って、拭き始めた。自分のハンカチは持ってないらしい。
「体操着持ってる?濡れたままの制服じゃ熱出すからね」
「はーい。ママ!」
「高耶、ふざけている場合じゃないでしよ?」
成田譲は、まんまるお目々を吊り上げて怒って見せた。怒って見せたところで、全然威力はない。かわいい顔をしているからだ。高耶なら、眼を吊り上げなくても、ただ見ただけで、相手は凄ごまれたように縮こまるのに・・・
「仰木君、また成田君の手を煩わせているのね」
成田譲が、高耶から離れたのを見るや否や、森野が寄ってきた。
高校に入学した日から、高耶に絡む女生徒だ。成田譲が好きらしいのは、バレバレだ。
「煩わせてって、譲が勝手に・・・」
「勝手?ですって!」
「何で、おまえが怒るんだよ」
「仰木君が、しっかりしないからよ」
深志の仰木と呼ばれた高耶に説教できるのは、松本広しといえど、この森野ぐらいだろう。

高耶は、だから、学校に来ているのかもしれない。特にこの二人の存在は、先生も勉強も嫌いでも、学校は嫌いにならない理由である。

朝はあんなに降っていた雨も、午後には止んだ。学校が終わる頃には、お日さまが顔を出している。
「高耶、今日は、バイト?」
「譲、声が大きい。今日は、休みだ」
「そうなの?僕、部活休んじゃおうかな?」
学校は、バイトを禁じている。譲は、吹奏楽部に入った。大会が近いらしい。
「今日は、オレ炊事当番なんだよ」
「そうか、じゃ早く帰んないとね」
「ああ」
高耶は母親がいない。バイトのない日は、中学生になった妹と交代で炊事当番をしている。

買い物を済ませ、夕食の支度をする。
妹と二人、つつましく夕食を食べていたら、父親が帰ってきた。呑んでいる。
すぐに、妹は隣へ避難させた。
そして、自分は、父親が寝るまで、どこかへ避難しなければならない。酔うと暴れる。特に、高耶を見ると当たり散らすのだ。息子への負い目なのだろう、弱い自分を責められているように思うのか、親子とはいえ男同士の葛藤があるらしい。
外へ出た。夕陽がきれいだった。明日は晴れるだろう。
高耶は自転車で、いつもの場所に行く。
城山公園の見晴らし台だ。ここは、高耶の避難場所でもある。
朝の雨が嘘みたいに晴れている。星空だ。松本の空はきれいだ。父親の生まれ故郷の大町は、もっと星空がきれいだった。子どもの頃、よく家族で行ったものだ。
そんなことを考えていたら、後ろから声がした。
「高耶!」
譲だった。
「電話したら、誰も出なかったから・・・」
それだけで、高耶がここにいるとわかる譲は、やっぱり親友だ。
高耶は、複雑に微笑んだ。自分の境遇を知っていても態度を変えない。変えないどころか、こうして、何気なく気遣ってくれる。
「譲・・・」
「高耶ってわかりやすいよ」
そう言って笑った。
「譲、星、きれいだぜ」
「ほんとだ。雨で空のチリが洗われたかな?」
「もうすぐ、七夕か・・・」
「そうだね。何かお願いしなくちゃね、僕はね・・・」
譲が、まっすぐ高耶を見た。譲のクリクリとした目に、星がたくさん映っている。
「高耶は?」
「オレ?オレは、何を願うんだろう・・・」
「まるで、他人ごとみたいな言い方だね」
「あはっ、そうか?」
高耶は、何を願いたいのか考えた。
父親が落ち着く?
母親が帰ってくる?
生活に困らない?
大学に行きたい?
・・・望むものは多い。

そして、それは、唐突に浮かんだ。
会いたい・・・
誰に?
薄ぼんやりと、頭の中にイメージされた笑顔・・・
誰だ?
知っているようで、知らない、誰かだ。
でも、大切な奴・・・

・・・あそこに見える、こと座のベガとわし座のアルタイルと、はくちょう座のデネブを結んだのが、夏の大三角です・・・
海の上で、星空を見上げ、指差して、そんなことを言ったのは・・・
誰だ?

「どうしたの?高耶」
目の前に譲の笑顔があった。
浮かんだ笑顔は、この笑顔ではない。
「う、うん。牽牛だっけ?織姫と会えるといいなぁって思ってよ」
「ええ~高耶、ロマンチストだね~」
「わ、悪いか!」
「でも、そうだね~、2人の間には天の川があるから・・・広くて深くて・・・」
「ああ、」
なんとなく、自分とその笑顔の人を思った。
広くて、深い川・・・
その笑顔の間には、天の川があるようだ。なかなか、渡れない川だ。
それは、唐突に頭の中に浮かぶ。
「七夕が待ち遠しいだろうね」
「うん・・・」
牽牛も織姫も、早く会いたいと思うのだろう。
なぜか、高耶は、早く、あの笑顔と会いたいと思った。
天の川の向こうに、その笑顔はあるのだろうか・・・

「そろそろ、帰ろうか?」
「う、うん」
「高耶、今夜は僕ん家、泊まる?」
「ううん、美弥を迎えに行かなきゃ・・・」
「そうか。でも、高耶、いつでも来ていいからね」
「ありがとう・・・譲」
でも、今は、この笑顔が支えだ。




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色は匂へど、おまけのSS

時間軸
高耶さんと、直江が出会ったばかり、場所は松本。まだ、ほんわかしていた頃。


色は匂へど、おまけのSS

「簡単に説明すると・・・というのが、源氏物語ですね」
ここは、松本市駅前のマクドナルド。
高耶から、待ち合わせに指定させた場所だ。高耶は、あまり気の利いた場所は知らない。ここなら、誰でも知っているし、高耶の小遣いでも入れる。
宇都宮から車を走らせて来たはずの直江は疲れも見せず、高耶に古文の宿題について解説してやった。
高耶は、試験が近いのだ。
「・・・なんかよ、オレが知っていた話と違う気がするんだが?」
直江が、いたずらっぽい目をして笑っている。時たま、この男は子どもじみたところがあると、最近気付いた。
「それは、試験範囲はここまでですし、余計な部分はいらないでしょ?この話はそれでなくても、54帖もある長い物語ですからね。だからですね、高耶さんに合わせてわかりやすく・・・」
「・・・こんなんで大丈夫かな?オレの試験・・・」
「高耶さん、私が信じられないのですか?」
「美弥が持っていた『あさきゆめみし』と、違うような気がする」
「あれは、マンガでしょ?」
「まぁ、そうだけどよ」
「でも、なんとなく理解できたでしょ?」
「まぁ、いかに、光る君がかっこよくて、女にモテて、若紫は、そんな旦那に理解があって・・・昼メロ、週刊誌真っ青な世界だってことは理解できたぜ。」
高耶がそう言うと、直江はコクコクと頷いた。してやったりと言う顔だ。
「でも、なんでおまえが光る君なんだか、それになんで、オレが若紫なんだ?オレ男だし。そこんとこは、ぜってぇ、納得はできねぇけど」
「置き換えすれば、わかりやすいですからね。でも、いいキャスティングでしょ?年の差といい・・・」
高耶は、キッと、直江を睨んだが、直江は、にこにこと微笑んで、コーヒーを飲んだ。紙コップと直江の違和感に、高耶はここを指定したことを後悔した。
「第一、光源氏ってよ、源(みなもと)姓じゃなかったか?いくらおまえ、光厳寺だからって、光る厳氏って無理ねぇか?」
「いやいや、ぴったりでしょ。自分の思いつきに、私もびっくりですよ」
「ハァァ・・・」
高耶の前に置かれたコーラは、とっくに氷も溶けている。直江は、色水だと言い切ったコーヒーを飲み干した。話しすぎて、さすがに喉が渇いたのだろう。
「おかわり買って来ましょうか?それとも、場所を変えて食事でも・・・」
怨霊征伐だけでなく、今日は情報交換という名目で、高耶は、本当は、用事もないのに、直江を呼び出した。
梅雨特有の、今にも雨が落ちて来そうな雨空を見上げて、高耶は、立ち上がった。
「さて、場所を変えるか?」
そう言うと、テーブルに広げた勉強道具をカバンに放り込んだ。
ここに、かれこれ1時間以上いたことになる。ここは、高耶の学校から少し離れているが、試験前とか、高校生が、勉強するために利用するものが多い。どのテーブルにも参考書などが広がっている。熱心に勉強している。長野、松本は勉強熱心な教育県だ。
山に囲まれた松本の、窓からは駅が見える。

「高耶さん、お待たせしました」
「あっ、おお、お疲れ」
「高耶さん、何やっているんですか!」
「おい、そんなに驚くことねぇじゃねぇかよ。見ればわかるだろう?勉強だろ?」
「どうしたのですか?追試とかですか?」
「てめぇ、オレがこんな時に、こんな場所でさえ、オレが勉強しなくちゃならないのは、追試のためだけじゃねぇ。っつか、オレが追試になりそうなのは、誰のせいだ?」
「それは、常日頃からの、勉強不足の、たか・・・」
「それ以上言ったら、怨霊征伐なんてやらねぇからな」
「高耶さん、ポテトいかがですか?」
直江は、財布を取って腰を上げた。それを高耶は目で座れと言った。
「そのくらいじゃ誤魔化せねえぞ」
「私が分かることでしたら、お教えしますが?」
「そうだ、昔っから生きてんだろ?この話知ってっか?」
「昔からって、戦国時代からですから、この源氏物語は平安時代ですよ?」
「でも、知ってるだろ?」
「ええまぁ、このくらいは常識ですから」
高耶が、またキッとした視線を投げたのは、気付かないふりをする。
「私達、一時、京都にいた時代もありますし、あっ、明治維新の頃にもいましたね~」
直江は、少しだけ、遠くを見るような目をした。高耶が忘れている過去を、思い出しているのかもしれない。
高耶は、まだ完全に、景虎としての記憶が戻ってはいない。私達と言われても、高耶は困るのだ。
そして、直江が、源氏物語をわかりやすく話し出した。
それが冒頭の会話だ。

「車は?」
「この裏の駐車場に停めて来ました」
二人はマクドナルドを出ると、駐車場に向かって歩いた。降りそうで降らない空模様だ。湿気を含んだ空気が、肌にまとわりつく。空調の効いた店内から外に出て、数メートルしか歩いていないのに、高耶の肌には薄っすら汗が浮かんできた。隣の男は、きちんとネクタイを締めて、ご丁寧に黒のスーツ姿だ。その涼しげな横顔に、暑くないんだろうかと、横目で見ると、直江は、ネクタイに人差し指を差し込むと、少しだけ緩めた。やはり暑いのだろう。
その仕草が、なんとなく大人の男という感じがして、高耶は、眼を伏せた。
黙ったまま車に乗り込むと、高耶のお気に入りの場所を指定したのだ。高耶の高校からほど近い所だ。
直江の車が、やっと通れる狭い曲がりくねった道を登ると、城山公園があった。車から降りると、何も言わず、高耶が駆け出した。さっきの直江の仕草に、妙な色気を感じてから、まともに直江の顔が見れない。
「待ってください。」
整備はされているけれど、何もない公園だ。小さな遊戯施設があるくらいだ。
その小高い丘の片隅に、ひっそりと螺旋階段の見晴らし台がある。
その螺旋階段を、ぴょんぴょんと、弾みをつけて、高耶は一気に駆け上がった。やっと追いついた直江は、下から上を見上げて、大きなため息をついた。
膝に手を当てながら、一歩一歩昇って来る。
「直江、見てみろよ」
空はどんより低い。それでも周りを囲むアルプスの山は近いせいで、霞んではいない。
目の前には、奈良井川、その先には梓川が見える。
反対側には、松本城に、高耶の高校。その先には、高耶の団地があるはずだ。
「この景色は、同じなのでしょうね」
高耶の言わんとすることがわかった直江は、先に口にする。
「ビルが建ったり、新幹線が通ったり、ずいぶん変わったけど、山河は同じなんだろう?」
「はい」
それは、戦国の世も、そして、源氏物語の世にもあったに違いない。
「いろはにおへと、ちにぬるを・・・」
「ご存知でしたか?」
「"いろはにほへと"が、"色は匂へど"とは、ピンとこなかったけどな」
「あれは、般若経、仏教の基本思想なんです。一説には、弘法大師様がお創りになったとも言われています」
「どんなに綺麗な花でも、いつかは散ってしまう・・・か」

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん

色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず

匂いたつような色の花も散ってしまう。この世で誰が不変でいられよう。いま現世を超越し、はかない夢をみたり、酔いにふけったりすまい(ウィキペディアから引用)

「人の哀しみも、喜びも、いっときのことです。諸行無常の精神です。でも、山河は見ている・・・」
「オレ達は、散らない・・・」
「そうですね、まだまだ、私達の魂は散りません」
「早く・・・怨霊がいなくなって・・・散りぬるを」
高耶の本音がポロリと零れた。
「高耶さん!」
「わがよたれそ つねならん。是生滅法か。オレの臨むことかもしれない」
直江は、大きく目を見開いた。
「うゐのおくやまけふこえて。生滅滅已。でも、オレ達は迷ってはいけない」
直江は、大きく頷くしかなかった。
そして、高耶の肩を静かに抱いた。
「あさきゆめみし、ゑいもせず。坊主の私が言うのもなんですが、早く悟りの境地にはいって、安らかな心境、寂滅為楽の心境に、なりたいものですね」
「ああ」

見晴らし台に、雨が落ちてくるまで、二人はずっと、アルプスの山々を見ていた。
これから激化するであろう、闘いの前の静けさを、噛みしめているかのように・・・


終わり、
『色は匂へど』あの話は、直江さんが、高耶さんに捏造した源氏物語として、話して聞かせたというオチです。
あの題名にした言い訳のようなSSでした。







  1. 色は匂へど
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色は匂へど、23



色は匂へど、23


お二人には、お子はおできになりません。男同士ですから、あたりまえというか、お二人もそれは百も承知です。
お二人は、それでもいいと思ってます。お二人のお子はおりませんが、光る君には、雛の明石の姫との間に姫がいることがわかりました。光る君さえその存在を知らなかったのですが、高耶さんは、その姫の話を聞くと、すぐにお引き取りになってご自分の養女として、お育てしてになりました。
また、高耶さんは、光る君が若気の至りで、関係があった女性達が、それなりの身分や生活ができるように、心配りして差し上げていました。
光る君は、そんな高耶さんに頭が上がりません。高耶さんに感謝しながら、ご自分のできることは、熱心に働くことだと、精進しました。なのでますます、橘氏は繁栄したそうです。

今日も、二条院は賑やかです。
高耶さんが家のことをきちんと守ってくれています。
奥様らしく、あれこれと家人に指示をしています。その後ろを宮中から戻った光る君は、付いて回っては、高耶さんの気を引こうとしています。
光る君は、今では、宮中では、ご出世され太政大臣になられました。それなのに、二条院に帰ると、赤児のように、高耶さんから離れません。
「光る君は、高耶様がいなければ、夜も日も明けませんね」
女房達は、クスクス笑います。
「はい」
「てめぇ、女房達の前で、少しは否定しろよ」
「私、嘘はつきたくありません」
「なおさら悪い!」
それを見て、女房達は、クスクスどころか、扇で口を隠すや否や、声までお出しになるくらい大笑いしてしまいます。

時に、土御門家、陰陽師成田様がお見えになります。光る君が、また悪さをしてもののけに襲われては困ります。本当は、その心配はほとんどないのですが、高耶さんが大好きな成田様としては、光る君に意地悪をしに来なくては気が済まないのかもしれません。
成田様は、クリクリとした大きな目が、キラリと光らせ、帰り際、必ず、光る君にひと言ふた言苦言を呈してお帰りになります。光る君は、肩をすくめだけで、過去に身に覚えがあるので言い返せませんが。
成田様が来ると、高耶さんは、とても嬉しそうです。高耶さんは、唯一のお友達だと言われます。
成田様の護符や呪が、二条院を護っていることは、高耶さんはよく知っています。
闇が闇として残っているこの時代。魑魅魍魎の類いは、あちこちに出没します。
何かあれば、すぐに駆けつけてくれる陰陽師がいることは、大変心強いものです。

そして、付き合いがめっきり悪くなったとこぼしながら、ここ二条院に来るようになったのは、頭の中将安田長秀様です。光る君の、若かりし頃の悪友と言っても過言ではありません。
今では、光る君より、高耶さんとの方が気が合うのか、しょっちゅう来ては、お二人をからかいます。
酒を酌み交わしたり、舟遊びを楽しまれたり、蹴鞠に興じたり、高耶さんが笛を吹けば、長秀様が鼓を合わせます。
それはそれは、光る君が妬くほどです。

二条院には、他にも多くの方がお見えになります。花見の会や、舟遊びの会、紅葉狩りの会、四季折々様々な催しものもいたします。それは、すべて高耶さんの手によるものです。
また、お二人は、都のお祭りなどにも、お出かけになります。
なかなか外に出ようとしない高耶さんを、なんとか連れ出したいと光る君は、高耶さんのために、葵祭りも祇園祭りもいい場所をちゃんと確保します。高耶さんを自慢したい気持ちもありますが、それは、高耶さんの笑顔を見るためなのはいうまでもありません。

世は平安、
都の真ん中帝がおわす内裏の隣、二条院、
光厳帝の第三皇子は、母親の身分が低かったので、臣下となりました。
名は橘義明、そのお姿はまるで光るようだと噂され、光厳帝の子、光る厳氏
光る君と呼ばれておりました。
光る君には、終生を誓った相手がおられます。
名は仰木高耶様、兵部卿の第七皇子。やはり、母親の身分が低くその上早くに亡くなり、身寄りがなくなった時、光る君に引き取られました。
光る君は、高耶さんをご自分の理想の伴侶とすべく、ご自分でお育てになりました。
そして、光る君の思うどおり、高耶さんは、光る君とはまた違う、美しさを持つ美丈夫にお育ちになりました。

都に、二人の光るようなお方がいました。お二人も花が咲いたように光り輝いておられました。
お二人とも、その美しさは、都ならず、雛までも、その名は響いておりました。



終わり
読んでいただき、ありがとうございました。




  1. 色は匂へど
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色は匂へど、22



色は匂へど、22


結局、高耶さんは、その日起き上がれませんでした。
「まったく、むちゃくちゃしやがって・・・」
「こっちは、初心者なのに・・・」
「ホント、ひでぇ奴だ」
まだ、そんなところは子どもなのでしょうか?照れ隠しもあるのですが、高耶さんは、恥ずかしさで、女房達の顔もまともに見られません。
ブツブツ言いながら、朝餉を食べました。光る君に文句の一つも言いたいのに、その文句を言う相手、光る君はとっくに出仕したようでした。
女房達は、もう、高耶さんのその様子が可愛らしくて、おかしくて堪りません。笑いを堪えるのに必死です。
万が一笑ったら、もっとヘソを曲げるのは一目瞭然ですから。

「ねっ、僕の護符は、効いたでしょ?」
陽が高くなって、陰陽師成田様が様子を見にお見えになりました。
三日夜の餅を見て、ふふんとひと言言った後、高耶さんの枕元に座りました。
それだけで、高耶さんの顔は、火が出そうです。
「熱はないよね?」
「あ、あ、あ、大丈夫」
「護符だよ、護符。昨日僕が置いていったでしょ?」
「護符?」
ニヤリと笑った成田様は、手を伸ばすと、枕の下に入れた紙を取り出しました。
「これは、まぁ、わかりやすく言えば、人間を素直にする護符だね~」
「バッ、カ、そんな護符なんてねぇだろう?」
「えへへ、バレた?でも!まぁ似たようなものだよ」
そして、部屋の四方を見渡すと、指を指しました。
「あれは、この邸に結界を張ったの。生き霊となったもののけが入れないように。これは、ホント」
「ああ、そうみたいだ。あれだけの荒れ狂った天気だったのに、おかげ様で、邸には、被害がなかったようだ。譲、ありがとう」
「まぁ、何かあっても、直江さんの自業自得だと言ってしまえば、それまでなんだけど、結局、一番直江さんの弱味、高耶に来るからね~」
「直江の弱点って、オレが?」
「そうだよ。直江さんは、高耶が弱点さ」
「なんだそれ・・・」
成田様は、目を閉じて、唇に指をたてると、口の中で、ごにょごにょとしか高耶さんには、聞こえない呪を唱えました。
そして、にっこり微笑みました。
「あの生き霊は、高耶をなんとかしちゃいたいと荒れ狂ったのさ。でも、この中には入れないから、余計怒らせちゃったね。でも、その餅を並べるようなことがあったのがわかって諦めたみたいだよ」
「すごい妬きもち焼きの人だね。直江さんも持て余していたんじゃない?変な人に手出しちゃったって・・・」
「あいつ・・・手当たり次第だったみたいだから」
「まぁ、それは高耶のせいだから、怒っちゃダメだよ」
「オレのせい?」
「そうだよ。あれで直江さんは、いろいろ葛藤があったみたいだよ」
「直江もそんなこと言っていた」
「そう」
「でも、直江のせいもあるんだ・・・」
「そうだよ。どんな人か知らないけれど、たぶん嫉妬深いのは確かだね。一番は、直江さんが冷た過ぎたから、恨まれたのは間違いないね。」
「あいつ・・・」
「でも、いい、それは、高耶のせいもあるんだからね」
「う、うん、わかった」
「人はどこで他人の恨みを買うかわからないもんだよ」
高耶さんとそう年端も違わない成田様は、そんなことをしたり顔で言いました。
高耶さんは、成田様の言葉を受けて、天井を見て何かじっと考えているようでした。

正式な妻となった高耶さんでしたが、男同士ということで、広くお披露目はされませんでした。世間的には、いわゆる内縁関係です。
それは、景虎様と同じ立場ということです。
でも、それから光る君は、高耶さんのため、一生懸命働きました。徐々に出世に帝にこそなれませんが、太政大臣にまで昇りつめたのです。高耶さんの内助の功があったのは、いうまでもありません。

あの生き霊事件の後、高耶さんは、光る君から、生き霊になった女性のことを根掘り葉掘り聞き出しました。
年上の高貴な方・・・先の東宮の妃だった方でした。先の東宮が早くに亡くなられたので、その後は不遇な生活をしていたようです。東宮がなくならなければ、皇后となっていた方でした。
そんな方に、魔がさした光る君が、お戯れに手を出したようです。そして、後ろ盾が欲しかったその方は、光る君に縋るようになったのです。だんだん煩わしくなった、光る君が無碍にしたようでした。それで、光る君を怨んで高耶さんに生き霊となって襲ってきたようです。
あの後、陰陽師成田様のおかげで、その方は、力を落とされ寝込んでしまったのです。
その妃には、先の東宮の娘がおられました。高耶さんは、その娘を養女として、しっかりとしたところへ嫁に行けるようにして差し上げました。生き霊となった方もそれで一安心して、余生を静かに過ごされたようでした。






  1. 色は匂へど
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色は匂へど、21

ご報告!って、みなさんもうご存知ですよね?
10月に舞台決まりましたね。
・・・うーん、10月は、担当事業が2つ重なってる。1番忙しい時期・・・
いや、でも、なんとかして、なんとしても、どうしても、どうにかして、行きたい。行く。行きます。行け。行かなければ・・・(五段活用?)
今から、仕事の調整します。
でも、どんなに忙しくとも、日々のはりあい出ましたね~

直江役は、マッキーでなくて、平牧仁さんですね。トッキュージャー2号の方です。わぁ、トッキュージャーも観てましたよ、私!
昨日から、下がったり、上がったり・・・妙なテンションになってしまいました。

J様、コメントありがとうございました。m(_ _)m
本当、生きた長さも意味があるかもしれませんが、どんな風に生きたかって、大事ですよね。夜叉達や、高耶さんを見て、そう思います・・・




色は匂へど、21

「なおえ・・・」
光る君は、もう離さないという気負いを込めて、高耶さんを抱きしめました。
「私を殴りますか?」
「えっ?」
「開崎のように・・・」
「・・・バカ」
光る君は、それを聞くと微かに微笑みました。そして、もう一度口付けると、そっと高耶さんの身体の上に、自分の身体を重ねたのです。
さっき肩にかかっていた小袖を、そのまま下までずり下げます。雨の湿気を含んだ冷たい空気が、高耶さんの肌を粟立ててました。

雷の音、雨が屋根にあたる音、雨が地面に叩きつけられるような音、木や池に落ちてきた大粒の雨粒の音だけが響きます。
高耶さんの潜った吐息や、光る君の堪え切れないような息遣いが、その雨音の中に溶け込んでいきました。
切羽詰まった光る君が、無理やりことを進めたので、高耶さんは、あまりの痛みに叫び声をあげました。ちょうど、近くに雷が落ちたらしく、その轟音に、高耶さんの叫んだ声はかき消されてしまいました。

雨音が、静かになって来ました。
夕立のように激しく降らせた雨雲は、遠のいたのでしょう。
ぽちゃん、ぽちゃんという雫の音とともに、女房達や家人が後始末に動き出す物音がして来ました。
はぁはぁと、高耶さんは、肩で息をしています。
「すみません、すみません」
と、さっきまで謝りながらも、光る君は止めようとはしませんでした。
「無理をさせていることは謝りますが、このこと自体は謝りません」
そんなことを言った気がしましたが、すでに絶えまない喘ぎを繰り返す高耶さんの耳には届いていないようでした。
雨音が静かになったのと同じくらいの時に、光る君の動きも静かになりました。でも、息はまだ激しいままです。
「高耶さん・・・愛しています」
「なおえ、めちゃめちゃ、痛かったんだぞ」
「すみません、すみません。でも、これで、あなたは私のものだ」
「こんなにしやがって、責任とるんだろうな?」
その高耶さんの言葉に、光る君は、一瞬目を見開いて、次の瞬間には満面の笑みを浮かべました。
「もちろんです。もちろんですとも・・・」
そして、優しく口付けたのでした。

次の朝、光る君は、家人に三日夜の餅を用意させました。正確には三日は通っていないのですが、長いこと一緒にいた二人です。今さら、三日も必要としないのです。
家人は、とっくに二人の気持ちに気が付いていました。
やっと・・・
そんな思いで、餅の用意をし始めたのです。それは、家人とて、嬉しく思うことでした、二人を、とても微笑ましく見守っていたのです。

「高耶様、おはようございます。今日は、いいお天気ですよ」
女房が起こしに来ました。
夕べの雨風は、まるで嘘のように部屋には明るい光が差し込んでいます。木々の葉に、水滴が朝陽を浴びて、キラキラとしています。
「本当だ。まるで嘘みたいに、いい天気だ」
あれだけの雨音と、雷だ、家人達には、昨夜の自分の声などが聴こえなかったはずだと、高耶さんは思いながらも、昨夜の光る君とのことを、女房達にも知られたのではないかと心配になりました。
光る君がやってくれたのか、小袖は、きちんと元通り着せられていましたし、二人が放ったものはきれいに処理されています。それでも、高耶さんは、恥ずかしさもあって、夜具から出てこようとしません。とっくに隣の光る君は、起きているようで、片側は微かな温もりだけになっていました。
変に、夜具から出なければ、具合いが悪いのかとか、余計な詮索をもたらせます。もそもそと、起き出しました。
「すっかり、具合いも良くなられたようですね」
「うん」
「陰陽師、成田様の霊験あらたかですね」
「うん・・・でも、あの雨と雷は、もののけの仕業だったのかもしれないな」
高耶さんの言葉に、家人は、にっこり微笑みました。この主人は、心も本当にきれいだと思っていたのです。
「成田様が来てくださったから、もののけも、雨でも降らせて荒れ狂うしかなかったのでしょうね。さすが、陰陽師成田様ですね」
「そうだなぁ。邸に何か被害はなかったか?」
「はい、衝立などが倒れたくらいで、支障はございません」
「そうか、良かった」
そして、家人は、微笑みを深くしました。
「高耶様、光る君様が、三日夜の餅を用意して下さいました。改めて、おめでとうございます」
「み、みかよ・・・の餅って・・・」
「これで、ご正式な光る君の奥様ということになられました。高耶様をこれから、なんとお呼びすれば良いのでしょうね」
うれしそうに笑っています。
「お、奥様だなんて・・、ちがっ、いや、そんな、めでたくなんかない。あいつは、オレに、直江は、オレに、ひどいことをしたんだ。ひでぇ奴だ」
・・・おめでとうございますだなんて、しかも、ご丁寧に、三日夜の餅だなんて、家人みんなに、夕べ何があったかわかってしまったじゃないか・・・
高耶さんは、真っ赤になって、毒吐きました。恥ずかしさで、毒吐きくらいしかできません。必死に毒吐けばつくほど、家人は、微笑みを深くします。
「ひでぇ奴だ・・・」
「では、もう少し、お休みになってますか?」
「いや、起きる!」
意地になって、立ち上がろうとしました。
「痛っ!」
高耶さんは、動いた拍子に痛みが走り、顔をしかめ、身体を折り曲げました。
「ほら、まだ少し、お休みになって下さい。朝餉をここにお持ちします」
「いい!」
「でも・・・」
女房は、ますます、微笑みを絶やさなかったのです。
それがなおさら、高耶さんを恥ずかしがらせたのは、言うまでもありません。




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色は匂へど、20



色は匂へど、20

「なおえ、落ち着けよ」
「落ち着け?よくそんなことが言えますね、私の気も知らないで!」
「それなら、おまえ、オレの気持ちはわかっているのか!」
思い切り高耶さんは、光る君を押し退けました。
光る君は、均衡を取れず、みっともなく後ろに尻もちをついてしまいました。咄嗟のことに、驚きのあまり、何も言えず、口を開けて、目をパチクリしただけです。
「おまえ、さっきから聞いていれは、勝手に開崎に嫉妬しやがって、オレの話も聞かないで、開崎がなんだって言うんだ
「じ、じゃあ、そ、その、口吸いの跡は、なんなんですか」
「口吸い?ああ、これか?」
肩に小袖がかかったまま、その赤い痣を出しました。痣の上からくっきりと光る君の歯型がついています。赤い血が滲んでいます。高耶さんの肌の白さと、赤い色が対象的でした。
闇の中でも、はっきりと浮かび上がるその白い絹の小袖から肩がのぞいた姿は、光る君には、艶やかに映りました。元服前の少年が持つものではありません。しかもそれは、煽っているとしか思えない妖艶さです。
「た、高耶さん・・・」
「確かに、気を許したから、開崎にこんなことをされたのは確かだ。オレとしてはまったく情けないさ。でも、ふいをつかれたせいだ。だから、開崎を思い切りぶっ飛ばした。骨が折れたかもしれない。開崎には、悪いけどオレはせいせいしたよ。あいつしつこくて、何度言っても諦めてくれなくて・・・でも、あれだけ、強硬に断れば、もう懲りただろうよ」
「高耶さん」
「後見人のくせに、おまえが、オレをしっかり見ていないからだ」
「えっ?」
「開崎は、自分がオレのちゃんとした後見人になると言ってくれたんだ」
「えっ」
「女にうつつを抜かす後見人より、ずっと、オレのことを大事にするって言ってくれたんだ。淋しい思いなんてさせないからって」
「うつつって・・・私は、うつつなど抜かしておりません」
「それはどうだか?」
「高耶さん、私が、あなたを大事にしていないと思っていたのですか?」
「・・・いつも・・・いない」
「だから、それは、あなたを・・・」
「オレを、なんだって言うんだ。おまえは、いつもいつも、独りよがりと言うか、はっきり言わないで、自分の中で考え、悩み、答えを出してしまう。オレに聞きもしないし、オレのことなんか、眼中にないだろ?」
「まさか、本当にそう思っていましたか?」
「ああ、そう、思っていたよ」
「何度でも言います。私は、ずっとあなたが好きだった。今も好きでたまらない」
「・・・」
「あなたが理解するまで言います。私は、あなた以外、何もいらない」
「じゃ、家臣や家人、女房達の処遇はどうする気だ?」
「そ、それとこれは別でしょう」
「ふん、おまえの覚悟はその程度のものか?」
「そんなわけありません」
「オレは男だぞ?」
「そんなこと、問題ありません」
「そうだ、肝心なことを聞くのを忘れました」
「なんだ?」
「高耶さんは、私を好きでいてくれてますか?」
「好、き・・・?」
「そうです。さっき口付けをした時、まんざらでもないようにお見受けしましたが?
「な、何を・・・」
「嫌いですか?」
「・・・嫌いな、わけ、ない」
その時、突然雨が降ってきたようです。パラパラと音がしたかと思ったら、瞬く間に土砂降りとなりました。部屋の中に、いっぱいに雨の匂いが満ちてきました。
部屋には雨音だけが聞こえ、二人の声は雨音にかき消され気味です。
廊下で控えていた女房達が、濡れると言いながら、隣の部屋に雨宿りのため入って行ったようです。

雷の音も聞こえ始めました。 今年の梅雨はしとしと型ではなく、降る時には、土砂降りになる降り方の、梅雨のようです。
雨音に雷、ますます激しくなります。
他の音はすべて飲み込まれていきます。
風が強くなってきたのか、部屋のあちこちで、几帳や衝立が倒れたり、御簾が揺れていました。女房達のきゃーと叫び声が、かすかに聞こえてきます。
「高耶さん、好きです」
光る君は、そう言うと静かに、もう一度口付けをしました、



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「色は匂へど」と関係ない話です。

今日は、一日忙しくてお昼休みも取れませんでした。仕事から帰って来て、アメブロを何の気なしに開いたら、小林麻央さんが亡くなったことを知りました。
とても、びっくりしました。
先日、つい3日前かな。麻央さんのオレンジジュースのブログを読んだばかりです。とても、にこやかに微笑んでいらしたのに・・・しかも、お子さんはまだお小さい。
先日、たまたま5月歌舞伎を観に行って、海老蔵さんの講演、義経千本桜を観たばかり。海老蔵さんのオーラというのでしょうか。初めて海老蔵さんを観たのですが、華のある役者さんだと思ったばかりです。
しかも、麻央さんの最期の言葉が『愛してる』って・・・
記事も更新したいし、家事もしなければならないのに、涙が出てしまいました。会ったこともないのに。
不思議と、ずっとブログを読ませてもらっていたせいでしょうか、親近感を感じていたのかもしれません。
麻央さんが 病気と戦いながら、お子さん達を愛しみ、精一杯生きたことには、変わりありません。

麻央さんが病気になったのは、海老蔵さんの若い頃の所業のいろいろの報いだと、ネットに書いてあるのを見て、とても哀しくなりました。
確かに、私は、麻央さんも海老蔵さんも、会ったこともない方で、本当はどんな方かはわかりません。たとえ、どんな方だろうと、何があっただろうと、そんなことを言われるなんて、とてもひどいと思いました。病気になったのは、何かの報いだとか、バチがあたったんだと、理由づけるのは、安易過ぎます。そりゃ、気をつけていれば防げる病気もあるかもしれません。
病気になるのも、死ぬのも、もちろん生きるのも、罪とか、罰とか、何かの報いなんかじゃないと思います。自分ではどうしょうもないことを、因果応報なんて言うのは哀しすぎます。天命なだけです。いつ、死ぬのなんか誰にもわからないし、たとえどんな病気であれ、病気になるのも罰でも何かの報いでもないはずです。橘のお父さんが言ったように、『何か、意味がある』ことなのです。
麻央さんは、お子さん達に、また、海老蔵さんに、時間の長さは共有できなかったかもしれませんが、その分、何か大きなものを残したのは間違いないと思います。
この場を借りて、心よりご冥福を祈ります。

麻央さんの最期の言葉は、高耶さんの最期の言葉に重なりました。
また、直江さんが、高耶さんに『あなたへの愛は永劫だ』と言った言葉に通じる気がしました。
ミラと重ねて、不謹慎ですみません。

これから、記事書きます。10時ぐらいにはアップしますね。
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色は匂へど、19



色は匂へど、19

高耶さんは、突然のことに驚いていました。光る君は、強く唇を押し付けてきたのです。
高耶さんの驚きを他所に、光る君は、ますます口付けを深くしていきます。
「な、なおえ・・・」
唇の角度が変わった時、高耶さんは、やっとのこと息をしました。息が上がってしまいました。口付けなんてしたことがありません。挨拶程度に、光る君が口付けてくることはありましたが、それは、頬であったりおでこであったり、光る君の唇が、そっと触れるだけで、唇への口付けは初めてです。
「ずっと、あなたが欲しかった」
光る君は、まるで辛いことを告白するみたいな顔で、高耶さんに囁きました。
鳶色の瞳が揺れています。
「でも、私は後見人」
高耶さんの頬を、手のひらで愛おしそうに撫でました。
その手のひらを、衿もとから下に滑り込ませました。小袖の衿を広げ、手のひらを滑らすと肩まで小袖が脱げました。梅雨の少し冷たい空気に高耶さんはビクっとしました。今の高耶さんにとって、その冷たさはほっとします。自分では、訳がわかないのに、身体が熱くなっていたのです。まるで、熱を出した時のようです。高耶さんは、自分の身体に起こっていることが、理解できていないのです。
まだ、自慰さえも知らなかったのです。
・・・やはり、池に落ちたのは良くなかった。
そんな考えが、ふと思ったほどです。

光る君は、高耶さんの首すじにあった、開崎様がつけた赤い痣を、じっと見ていました。
「忌々しい」
それだけ言うと、その赤い痣に噛み付くように歯を立てたのです。
「痛っ!何するんだ」
「ちょっと目を離したら、こんなものを付けられて・・・」
それは、穏やかな光る君とは思えないほどの激しさです。
光る君の歯は、肉に食い込みました。光る君の口の中に、わずかに生暖かい鉄の味がしました。
うっうう
高耶さんが痛みに耐えきれず、声が出ました。光る君に、食べられてしまうのではないかと思いました。
「な、なおえ、痛い」
「ダメです。開崎のつけたものを、そのままになんかできない。あなたがあいつのもののような・・・そんなもの、許せるわけがない。こんな、こんな、所有印のような、あなたにつけるなんて、許せない。許せない・・・」
光る君は、首を振りました。
「私は、私は、せめて、上書きしないと気が済みません。我慢して・・・」
光る君は、自覚がありました。これは嫉妬です。嫉妬という感情は、初めてです。それまで、嫉妬されることは数多くありました。帝の三男と生まれたのは、自分が望んだわけではありません。そんなことに嫉妬されても相手になりません。容姿に対してもそうです。生まれついて持っているものに、嫉妬されても困るだけでした。その他のこと、例えば、歌であるとか、蹴鞠であるとか、武芸の嗜みも、職務も、光る君は最大限に励んだ結果なのです。嫉妬している暇があるなら、その分励めよと、思うことはあっても、言いたい人には言わせておけばいいと、思っていたのです。
ああ、あれは、初めて景虎様に会った時、実の父親である帝に、今のこれと似た感情を覚えだけでことがありました。あれが、嫉妬というものだと、自分の感 情に気がつかなかったくらいでした。
あれは、孤独だったからです。自分だけが一人ぼっちなのに、幸せそうなお二人への嫉妬でした。
人は、ないものねだりと言います。どれだけ多くを持っていたとしても、自分に持っていないものを持っている人に出会えば、嫉妬するものです。
その高耶さんの胸についた赤い印を見た時の感情は、先を越されたという嫉妬です。
自分は、我慢していたと言うのに、あっさり開崎という他の人に、横から持っていかれてしまったような、悔しさがこみ上げます。
「我慢して・・・」
光る君は、もう一度言いました。







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色は匂へど、18



色は匂へど、18

「たぶん、これでこんなことは起きないとは思うけど、直江さん、はっきりさせておいて下さい。でないと、生き霊よりもっと僕のほうが怖いよ」
陰陽師成田様は、意味わかるよねと付け加え、にっこり微笑みました。成田様の顔は笑ってるのに、その目はまったく笑ってはおらず、逆に光る君は、その微笑みにゾクリとしました。
「わ、わかりました」
光る君は、成田様にそう言いました。
「約束だよ。僕は、高耶の味方だから、ねぇ〜高耶」
成田様は、今度は本当の笑顔を高耶さんの方に向けました。
「う、うん、よくわかんねぇけど、譲は、友だちだ。」
光る君と知り合うまでの、孤独や寂しさを埋めてくれたのは、成田様でした。
そして、光る君がいない時間を埋めてくれたのは、成田様です。光る君が開けた穴を埋めてくれたのも、成田様です。
成田様は、部屋にも何か書いたものを四方に貼ると、高耶さんの顔を見て軽く頷き、お帰りになりました。

「さて、直江、説明してもらおうか?」
高耶さんは、成田様がお帰りになったのを待っていたかのように、光る君に座れと言うなり厳しい目を向けました。
「そ、そんな説明するような・・・」
「ふーん、オレが呪い殺されそうになったのにか?」
「あなたが倒れたのは、私のせいなのは間違いありません」
「うん」
「毎日、出かけて歩きました」
「うん」
「夜遅く帰って、あなたの睡眠を阻害いました」
「うん」
「あなたの体調を悪くさせたのは、その睡眠不足からです」
「うん」
光る君は、まだ高耶さんが納得していないのを上目遣いに見てとると、意を決して言いました。
「これまで私が、いろいろな女性と、その関係をですね、持ったことで、いろいろご心配かけたのは間違いありません」
言いづらそうに告白したのです。
「うん」
「でも、高耶さん、聞いて下さい」
光る君は、真剣な顔で、でも、少し辛そうな顔をなさいました。
「私は、それが必要だったのです」
「必要?言い訳か?」
「違います。言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、それがなければ、あなたに・・・」
「オレに?」
「あなたに、ひどいことをしてしまいそうで・・・」
「だから、他の女に求めたのか?」
「はい」
「オレの身代わりにしたと、言うのか?」
「身代わりにはなりませんが、はけ口にはしたのは確かです」
「はけ口?そりゃ、ひでぇな・・・相手は、生き霊にでもなるわな」
「・・・」
「でも、オレを怨むのはお門違いだろ?怨むならおまえだろう?」
「おっしゃる通りで・・・」
光る君は、項垂れました。
「私を責めるより、私が一番大切にしているものを責めるのが、何より私に痛手になると思ったのでしょう?」
「おまえ・・・」
高耶さんは、複雑な顔をしました。
大切という言葉に、少し嬉しかったのは光る君には、内緒にしたいところでした。

「私は、間違っていました」
「反省しているのか?」
「はい。他に求めるのはやめます」
「んっ?」
「左大臣様の申し出もお断りします」
「左大臣?」
「左大臣様の第一姫を、どうかと言われました」
「悪い話じゃねぇだろう?」
「そう思いますか?」
「おまえの息子は、右大臣の家にいるんだろ?おまえが左大臣と姻戚になれば、左右取りそろえ、最強だな」
「はい、実の息子が右大臣、養子が左大臣、それは親として最強ですね」
「はぁ?ちと、待て!養子がって、なんだ?」
「養子ですよ。元服も近いあなたを、私の、養子として、左大臣様の第一姫をあなたの正妻として、婚姻させるというご提案をもらったのです」
「はぁ、まて!待て!おまえの婚姻だったんじゃないのか?」
「左大臣の第一姫は、まだ17歳ですよ。私とは、8歳も違います。」
「オレより3歳上だ」
「私だって、元服した時の妻は2歳年上でした」
「おまえのお供も、みんなおまえが第一姫と、その・・・」
「あなたの婚姻の話しを進めていました」
「はぁぁ・・・」
「それは、やめます」
「ああ、そうしてくれ、顔も知らない姫なんかごめんだ」
「それと・・・」
「まだあるのか?」
「今度は、私自身のことです」
「肝心な話だなぁ」
「私は、もう自分に嘘をつくのをやめます」
「おまえ、自分に、嘘をついていたのか?」
「はい、一番欲しいものを諦めていました。親としての立場でいなければならないか、私は、後見人としての立場があったので、抑えていたんです」
「直江?」
「ずっと我慢していました。最初から欲しかったんです。確かに、最初は、景虎様に似ていると思いました。」
「・・・やっぱり、おまえは、オレじゃなくて、虎の君を・・・」
高耶さんは、幼い頃から気付いていました。高耶さんは、光る君が自分を見ているのではなく、誰かと重ねているのではないかと、長いこと疑問に思っていたのです。
「聞いて下さい。最初だけ、本当に、最初だけです。一緒にいるうちに・・・私は、私は、あなたが特別に思えてきたのです」
光る君は、高耶さんの背中にそっと手を差し込むと、半身を起こしました。
「あなたの笑顔が、私を変えました」
「直江・・・」
「そして、私は気が付きました。」
光る君は、じっと高耶さんを見つめました。
「なおえ・・・」
光る君は、高耶さんを優しく抱きしめたのです。
「後見人としてだけではない。兄ではない、もちろん親でもない、あなたに対する想い・・・」
「・・・」
「もう、自分を誤魔化すのは、やめます」
光る君は、真摯な眼差しで高耶さんを見つめました。
「私は、あなたを愛していたのです」
「なおえ・・・」
光る君は、高耶さんの唇にご自分の唇を重ねたのでした。







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プロフィール

kihiro0501

Author:kihiro0501
kihiroと申します。
「炎の蜃気楼(ミラージュ)」の非公式二次小説です。
ミラに感謝と愛を込めて、日々脳内妄想爆走させております。
私の設定は、ほとんど、ハッピーエンドが基本です。ご了解とお詫びを先に申しておきます。
今頃のミラですが、よろしくお願いいたします!

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